1939年、南アフリカのヨハネスブルクで録音されたズールー人青年の即興メロディが、やがてディズニーに何百万ドルもの利益をもたらした。しかし作曲者Solomon Lindaは、その生涯を貧困の中で終えた。

大西洋を越えた一枚のレコード
Solomon Lindaは1909年、南アフリカのズールーランドで生まれた。読み書きはできなかったが、類まれな音楽的才能を持っていた。1939年、彼はアカペラグループ「The Original Evening Birds」を率いてGalloスタジオで「Mbube(ムブベ)」を録音した。この曲はアフリカのレコードとして初めて10万枚以上を売り上げたが、彼が受け取ったのはわずか10シリング。それに加えて、同じレコード会社で床を掃く仕事が与えられた。
この曲がアメリカに渡ったのは偶然の連鎖によるものだった。民俗音楽学者Alan Lomaxが盤を友人のPete Seegerに渡し、Seegerは音に聞こえるまま「Wimoweh」というタイトルで1951年にThe Weaversとともに発表した。この版はビルボードトップ10に入り、アメリカの聴衆にこのメロディを初めて紹介した。
ブリルビルディングの魔術師たちが生んだポップの古典
1961年、10代のドゥーワップグループThe Tokensは「Wimoweh」をRCAレコードのオーディションで披露した。プロデューサーのHugo & Luigiはすぐにその可能性を見抜き、ブリルビルディングの作詞家George David Weissを招いて英語の歌詞を付けさせた。Weissはオリジナルの即興メロディを活かし、「In the jungle, the mighty jungle, the lion sleeps tonight」という不滅のフレーズを生み出した。

The Tokens自身はこのポップアレンジをあまり気に入らなかったが、RCAの勧めに従いB面として発売した。1961年12月18日にビルボードホット100の1位を獲得し、3週間にわたりトップの座を守った。百万枚以上を売り上げ、ゴールドディスクを受賞した。
"3回目のテイクがそれだった。Sollyが深く息を吸い、口を開けた瞬間、今日世界中が知るあのメロディが即興で生まれた。"— performingsongwriter.com、この曲の誕生について
その後、この曲は世界中で150を超えるアーティストにカバーされた。1994年のディズニー映画『ライオン・キング』に使用されると再び世界的な注目を集め、この一作だけで約1500万ドルの著作権料が発生した。

遅れてきた正義
Solomon Lindaは1962年、腎臓病で貧しく世を去った。1990年代、彼の三人の娘たちは著作権訴訟を起こし、2006年にようやく和解が成立した。ディズニーは『ライオン・キング』に関する著作権料160万ドルを支払い、Solomon Lindaは「The Lion Sleeps Tonight」の共同作曲者として公式に認定された。この歌の旅は、搾取の時代への証言であると同時に、遅れた正義の物語でもある。